第21回 不動産承継セミナー 寺町敏美先生「本人確認・意思確認VS司法書士業務」

2025年11月15日に非営利活動法人不動産の承継を成功させる会の不動産承継セミナーが行われました。

今回は司法書士として仕事をする上で戦っている案件を赤裸々に語っていただきました。寺町先生の人柄に少し触れられるようなヒューマニティあふれる興味深いセミナーでした。

会員の方はビデオを見られますので良ければビデオでお楽しみください。

以下エッセンスのみですがそうぞしてお楽しみください。

📝 セミナーノート: 本人意思確認VS司法書士業務

このノートは、2025年11月15日に開催された「本人意思確認VS司法書士業務」セミナーの内容を、項目立てて整理し、書き起こしたものです。


📚 目次

  1. 司法書士の主な業務と本人意思確認の重要性
  2. 司法書士による本人確認・意思確認の基本的な流れと例外的なケース
  3. 厳格な本人意思確認が必要な理由
  4. 法律行為における意思能力と民法上の規定
    • 意思能力と契約の無効
    • 民法の例外的な規定
    • 登記の「対抗要件」と「公信力」
  5. 成年後見制度の概説
    • 成年後見制度の3つの類型
    • 医師の診断書の重要性
    • 認知機能検査(HDS-RとMMSE)
  6. 犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)と本人確認
    • 犯収法の目的と義務
    • 犯収法に定める意思確認の方法
    • 司法書士実務で用いる本人確認書類
  7. 司法書士実務における判断の難しさ
  8. 積水ハウス地面師詐欺事件の解説(司法書士の視点から)
    • 事件の概要と時系列
    • 地面師グループの手口と偽造された書類
    • 事件の転換点と結末
    • 事件から学ぶべき司法書士の課題
  9. 質疑応答のまとめ
    • 事件関係者(弁護士・司法書士)の共謀の可能性
    • 公証人の本人確認の範囲
    • リモートでの本人確認とAIのリスク
    • 「不正登記防止申出」の有効性
    • 認知症の人の意思能力判断基準
    • 抵当権抹消登記と所有権移転登記の同時申請

🗒️ セミナー内容のまとめ

1. 司法書士の主な業務と本人意思確認の重要性

司法書士の主な業務は、不動産登記商業登記成年後見任意財産管理遺言書作成など多岐にわたります 。特に不動産登記では、売買決済の立ち会いや抵当権設定、契約書の作成・締結といった場面で、厳格な意思確認が不可欠です 。書類作成だけでなく、それに至るまでの事前の作業、特に本人確認と意思確認が業務において最も重要な要素となっています 

2. 司法書士による本人確認・意思確認の基本的な流れと例外的なケース

司法書士の寺町氏による個人的な確認手法の基本は以下の通りです 

  1. 面談・コミュニケーション開始: 原則として直接お会いして挨拶や世間話から始める(最近は画面越しも増加) 
  2. 書類による本人確認: 顔写真付きの証明書などの提示と内容確認 
  3. 契約内容の確認: 物件、金額、当事者、契約条件などの内容を読み上げ、本人の理解を確認 
  4. 承諾の意思表示最も重要。「はい」など明確な意思表示を得る 
  5. 署名・捺印 

ただし、実際には「直接会えない」「話ができない」「権利証や印鑑証明書がない」「耳が不自由、発話困難で内容が伝わらない」「手が不自由で署名ができない」といった例外的なケースが数多く存在します 

3. 厳格な本人意思確認が必要な理由

不動産売買の現場では、何億円という大金が目の前で動きます 。司法書士が「大丈夫です」と返答した瞬間に送金が実行されるため、その責任は非常に重く、高額な取引を安全に成立させ、誰も騙されることがないようにするために、本人確認と意思確認は絶対不可欠です 

4. 法律行為における意思能力と民法上の規定

意思能力と契約の無効

  • 意思能力とは、契約などの法律行為の意味や内容を理解し、その結果を判断する能力を指します 
  • 民法第3条の2により、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定められています 
  • 意思能力が認められる一般的な目安は7歳前後とされています 

民法の例外的な規定

意思能力があっても、以下の規定により意思表示の効力が影響を受けることがあります 

  • 民法第93条(心裡留保): 表意者が真意ではないことを自覚して行った意思表示。原則有効 
  • 民法第94条(虚偽表示): 相手方と通謀して行った虚偽の意思表示。当事者間では無効だが、善意の第三者には対抗できない 
  • 民法第95条(錯誤): 意思表示に重要な錯誤があった場合、取り消すことができる(第三者保護規定あり) 
  • 民法第96条(詐欺または強迫): これらによる意思表示は取り消すことができる 
  • 民法第98条の2: 意思表示の相手方が意思表示を受けた時に意思能力がなかった場合など、相手方に対して意思表示の効力を主張できない 

登記の「対抗要件」と「公信力」

  • 登記は「対抗要件」であって「公信力」はありません 
  • 対抗要件: 登記をしなければ、自分が所有者であるという権利を第三者に対して主張できない(対抗できない)という意味 
  • 公信力がない: 登記があるからといって、その人が100%真実の所有者であるとは保証されない 。後の裁判で売買が無効となれば、登記も効力を失います 

5. 成年後見制度の概説

認知症などにより判断能力が不十分となった成年者を保護するための制度です 

成年後見制度の3つの類型

判断能力の低下の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3つがあります 

  • 後見: 能力を「欠く常況」にある場合 
  • 保佐: 能力が「著しく不十分」な場合 
  • 補助: 能力が「不十分」な場合 

医師の診断書の重要性

  • 成年後見の申立てには、家庭裁判所が定めた書式の医師の診断書が不可欠です 
  • 診断書には、長谷川式認知症スケールやMMSEといった各種検査の結果が記載されます 
  • 診断書の項目にある4段階のチェック欄に医師がチェックを入れることで、後見・保佐・補助のどの類型に該当するかが事実上決まります 

認知機能検査(HDS-RとMMSE)

  • 改訂 長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R): 日本で開発(1974年) 
  • ミニメンタルステート検査(MMSE): アメリカで開発(1975年) 
  • どちらも30点満点で、平均点は24点前後 。一般的に20点を下回ると認知症の疑いがあるとされます 

6. 犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)と本人確認

犯収法の目的は、犯罪収益の移転による組織的犯罪の助長防止、健全な経済活動への悪影響防止、そして国際化する金融犯罪の撲滅です 。この法律に基づき、本人確認作業が義務付けられています 。

犯収法の目的と義務

  • 特定取引等における取引時の確認が義務付けられています 
  • 確認事項:
    • 本人特定事項(氏名、住所、生年月日) 
    • 取引を行う目的(依頼に至ったきっかけも含む) 
    • 職業 
  • これらの確認記録取引記録は、7年間の作成・保存が義務付けられています 

犯収法に定める意思確認の方法

  • 原則は面談による確認です 
  • 例外的な確認方法(面談によらない合理的な理由がある場合):
    • 本人確認書類の原本または写しを取得する 
    • 電話をかけて本人固有の情報を取得する 
    • 法人の場合は、代表者が作成した依頼内容及び意思を証する書面を取得する 

司法書士実務で用いる本人確認書類

  • 顔写真付きの公的書類: 運転免許証、住民基本台帳カード、旅券(パスポート)など 
  • 顔写真がない公的書類: 国民健康保険証、介護保険証、国民年金手帳、各種障害者手帳、外国人登録証明書など(実務で頻繁に利用) 

7. 司法書士実務における判断の難しさ

  • 現場では、相手が頷いていても本当に理解されているか確信が持てないなど、白黒はっきり判断がつかないケースが少なくありません 
  • 寺町氏は、不明瞭な部分がある場合や面談ができない場合には、無理をしないこと、記録を多く残すこと、単独で悩まず相談すること、過去の事例を調べること、そして最終的に判断できない時は思い切って断ることを心掛けている 

8. 積水ハウス地面師詐欺事件の解説(司法書士の視点から)

事件の概要と時系列

  • 事件: 旅館所有者になりすました地面師グループが、積水ハウスに土地売却話を持ちかけた詐欺事件 
  • 土地: 品川区西五反田2丁目の土地約630坪と建物(好立地) 
  • 所有者: 事件当時約80歳で病院に入院しており、事件に全く関与していなかった 
  • 売買金額: 最終的に70億円(55億円で取引が進められていた) 
  • 契約日/決済日: 2017年4月24日/同年6月1日(専門家から見て異様に短い期間) 
  • 取引構造: 中間に**不動産会社が介在する中間省略**の構図 。
  • 手付金: 14億円(通常の倍額) 
  • 結末: 最後の登記申請が法務局に却下され、所有権移転は未然に防がれた 。しかし、代金合計63億円は犯人グループに持ち逃げされ、戻っていない 

地面師グループの手口と偽造された書類

  • グループ十数名がなりすまし役、さばき役、連絡役などに役割を分担 
  • 所有権移転の仮登記中間省略登記など、不正行為を組み合わせた 
  • 偽造された書類: パスポート、印鑑、権利証、健康保険証、印鑑証明書など 
  • 公証役場で本人であることを認証する公正証書を作成させる高度な手口も使用 

事件の転換点と結末

  • 不正登記防止の申出: 2017年5月9日、真の所有者の甥が法務局に申し出を行い、最終的に不正な登記を防ぐことにつながった 
  • 詐欺通知: 5月中旬に積水ハウスに「取引は詐欺である」という通知書が複数届いたが、嫌がらせと判断し、決済日を前倒し(7月31日→6月1日)してしまった 
  • 決済当日: 権利証の代わりに売主側弁護士が作成した本人確認情報が提出された 
  • 却下処分: 本人確認情報に必要な健康保険証が偽造であることを見抜かれ、6月9日、法務局が登記申請を却下 
  • 代金回収: 犯人グループは銀行保証小切手を現金化に2日かけ、1週間以上かけて全額を引き出し逃走した 

事件から学ぶべき司法書士の課題

  • なりすまし対策: 誰も巧妙な偽造を見破れず、所有者本人であるかの確認が全くできていなかった点が核心 
  • 「別れ(わかれ)」の問題: 売主側と買主側で別々の司法書士がつく形態(別れ)は、買主側の確認が甘くなりがちで、双方の連携不足の可能性がある 
  • 中間省略登記の不自然さ: 中間業者が一瞬で10億円もの利益を得る構図に不自然さを感じなかったのかという疑問 
  • 手続き変更の異常性: 事前に権利証があると聞いていたのに、当日、売主側弁護士作成の本人確認情報に切り替わった時点で、取引を中止すべきだった 

9. 質疑応答のまとめ

  • 事件関係者(弁護士・司法書士)の共謀の可能性: 登壇者は、状況から見て共謀していた可能性が極めて高いとの見解を示した 。ただし、司法書士の責任については、巧妙に騙された場合は過失がないと判断され、罪に問われない可能性も指摘された 
  • 公証人の本人確認の範囲: 公証人が確認するのは、目の前の人物が提示された身分証明書と同一人物であるかだけであり、不動産の真の所有者であるかまでは確認しないため、責任を問うのは難しい 
  • リモートでの本人確認とAIのリスク: AIによる精巧な偽造画像・映像で本人確認を突破されるリスクは懸念されるが、現状は世間話などを通じた総合的な判断で不正を防止できると考えている 
  • 「不正登記防止申出」の有効性: この制度の事前利用により法務局が登記申請を却下し、所有権が守られた。もし所有権が移転していたら、取り戻すための訴訟が必要になっていた 
  • 認知症の人の意思能力判断基準: 司法書士会として明確な基準はないが、個人的には、話しかけた内容に対して頷くなど、何らかの反応があれば意思が通じたと判断せざるを得ない場合が多い 。明らかに認知症の場合は成年後見制度の利用や、意思能力がはっきりしているうちの家族信託活用が望ましい 
  • 抵当権抹消登記と所有権移転登記の同時申請: 実務の9割以上が、残代金の決済と同時に**抵当権抹消、所有権移転、新たな抵当権設定を同時に申請する「連件申請」**である 。これは、売主が残代金を受け取らなければ抵当権抹消のための資金を準備できないケースが多いため 

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